I (am the) GIRL

涙が出るほど幸せで 笑ってしまうくらい悲しい

『幸せですか?』の後書き的なもの




『幸せですか?』を22日に書き始めて、ちょくちょく書き加え、本筋は決まったけれど書いておきたいことがまだあって、でもその文章は結論までいっちゃったしどーしよっかなーっていうのが    27日です。

 

 


あ、12月ね。

 

 


2017年の。

 

 

 

 



 多分これからも書き加えて…てなわけで書き終わってブログに上げるまでにはこの文章の中だけでも結構なラグがあると思います。ただでさえブログ作るのを次の誕生日にしてるから、それまでにどんな心境の変化があるかもわからないけど、今の気持ちを言葉にしておきたいから書いてます。(ちなみに本編をアップし終わって今は2018年3月16日)(つまりはもう1人既婚者が増えたということ)(にしてもまさかこんなことになろうとは…!)

 

 

 



 岡田くんの結婚が発覚してから、いろんな人の意見がネット上で飛び交い、私の言葉に表せない気持ちを代弁してくれるようなものもあれば、おぉそういう考えもあるか、ってのもありました。
私は、自分の考えを否定されても、その人が私がどういう思いでそれを表現したのかがわかってくれれば、なんでもいいやって思うタイプです。その代わり理解しようとしない人、というより自分の意見を押し付け、考えを改めさせようとする人には、相手が誰であれ反論してきました。大学で偉い先生にそれをしたら周りの子が血相変えて飛んできました。まぁそんなもんです。

 


 なので別になんて言われようが構いません。「◯◯って書いてありましたが、△△って思う人もいると思います」ときたら、「そりゃそうですね」としか返せないですよね。そんなもんですよ、人間って。

 


 サラダボウルですもん。いろーんな考え方があるのが普通で、その中で好き嫌い、快不快があっていいと思うんです。なのに、なんで人間って排除したがるんでしょうね。いや違うな。なんで大人って排除したがるんでしょうかね。

 

 

大人になるって

どういうこと?



NEWS大先生もおっしゃってるけど、大人ってなんなんでしょうね。成人=大人では無いですよね。無いって信じたいです私が(成人済み)。

 

 

 成人するってことは、あらゆることに責任を持つということ。ちゃんと持てたら大人。そうじゃなかったら大人じゃない。でも子どもでもない。


 別に誰もなりたくて大人にはなってない。20年生きたら大人ってラベルが付けられる。もうすぐで今とは考え方が少し違えど、18年で貼られるようにもなる。だから、例え大人になりきれていなくても、大人になる努力をしていく義務がある。

 

 


 やられたらやり返す、って時と場合によるし、なんなら適応される場面の方が少ないかもしれない。あの人に気分悪くされたから、私もあの人に同じことをしてもいい。んなわけない。仇討ちか、武士か、江戸時代か、花よりもなほか、っつって。世界で起こっている紛争だってそうだけど、たしかに始まりはいろいろある。でも、親しい人を殺されて、黙ってられる人なんていない。だからと言って人を殺していいわけがない。どこかでその負の連鎖を断ち切らないと、未来を担う“子ども”が可哀想。“子ども”が創る未来を、“大人”が壊している。それに気付けるのはいつになるのかな?

なんか話がすっごいズレたけど、

 



岡田くんの話に戻すとね
(もはや岡田くんの話ですらないんだけど) (しかも剛くん結婚しちゃったし)(これは関係ないか)



 誰がどう思おうが勝手だし、結局受け入れていかないといけないんだって話。それは違う!って異論を唱える人も間違ってない。説明して、相手が納得してくれればラッキー。そうじゃなかったらただ単にプラマイゼロなだけ。押し付けたら今度は自分がマイナスになる。それが一般的に見て正しいと言われることでも。


 とはいえ、この考え方だって全て正しいってわけじゃない。ここまで書いといてなんなんだって話だけどね。何が正解で、何が間違っているのか。答えはひとつじゃない。それに気付いて、

 


答えを探し続けるのが
“大人”になるってことなのかな?



まとまった?まとまったよね?
はい!終わり!